チュンジー・シャンチーの先手番について
チュンジーでは「上位者(年長者)が赤を持つ。先手・後手はブーサーなどによって決め、先手が赤とは限らない」のだが、現在の
朝鮮将棋 (장기)の先後
中国象棋に類似したゲームであるチャンギの場合も、上位が紅(漢)であり、後手であったらしい。現在でも漢・紅が後手、楚・緑が先手は変わらないようだ。
韓国版Wikipedia(のGoogle翻訳)では「寄物を配置する前に先後手を覆わなければならないが、気力が似ている場合昔から老紅少庁といって延長者が紅を持っていると認識されている」とある。
そして、これは漢楚の戦いのとき、漢の劉邦が楚の項羽よりも年長であったことに由来すると書いてあるサイトもあります。実にもっともらしいが本当だろうか。
中国象棋・シャンチーの先後
中国象棋でも、元々は黒が先手だったが、後に紅先手となったという話があります。変更された理由としてはチェスに倣った(白先手黒後手)など諸説あるようです。また長老を敬うために、紅は年長者に持たせるとも。
こちらの記事「大陸象棋中的紅先和與黒先和有什麼區別」は歴史的な経緯も含めて解説されています。それによると以下の通り。なお、「中國象棋中的紅先和與黒先是行棋的次序」で検索すると同一の文章がいくつか見つかりますので、これはコピペのようです。元文章がどこだったのかは調べきれていません。
- 南宋末期的《事林廣記》中行棋次序是“白先黑後” (南宋末期の「事林廣記」では白先手)
- 明代古譜《適情雅趣》中全局部分都是白先黑後 (明代の「適情雅趣」では白先手)
- 從1956年第一屆全國比賽開始,象棋是紅先黑後的 (1956年から行われている全国大会では紅先手)
- 1960年開始有黑先的規則。一直到1979年4月, 《中國象棋競賽規則》仍然明確規定行棋次序為“黑先紅後” (1960年から1979年4月まで黒先手ルールであった)
- 當時的亞洲盃行棋次序為“紅先黑後” 。為了考慮與國際接軌,國內象棋比賽開始順理成章地從“黑先紅後”改為亞洲通行的“紅先黑後”(アジア大会では紅先手であり、それにならって国内大会は黒先手から紅先手になった)
想像
白黒の駒で白先手というのは、チャトランガを起源とする将棋類ゲームでは一般的なので、象棋も元々は白先手だったのではないでしょうか。その後、白が紅に変化して紅先手に。
チュンジーの年長者が紅というのは、チャンギやシャンチーにも同様の風習があったようですから、これも中国から伝わったものだと思います。そして年長者の方が強いことが多いので、不利な後手を持つようになって、黒先手が生まれたのかもしれません。
実際どうなんでしょうね。文献探さなきゃ。
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